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http://kingfung.blog.fc2.com/blog-entry-9032.html100ユーロ紙幣
クスッと笑ったorナイスと思ったレス紹介 Part202
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275 名前:水先案名無い人[] 投稿日:2010/01/18(月) 14:06:39 ID:mdFQr2NqP
ときは8月、黒海沿岸の町。雨にぬれる小さな町は活気がなく、すっかり寂れていた。
人々は借金を抱えて苦しい生活をしているのだ。
その町へ、一人の旅人がやってきた。そして町に一つしかないホテルに入ると、
受付のカウンターに100ユーロ紙幣を置き、部屋を選ぶために2階へ上がって行った。
ホテルの主人は100ユーロ紙幣をひっつかんで、借金返済のために肉屋へ走った。
肉屋は同じ紙幣を持って養豚業者へ走り、100ユーロの借金を返した。
養豚業者はその紙幣を握ると、つけにしてある餌代と燃料代を払うために販売業者に走った。
販売業者は100ユーロ紙幣を手にすると、この厳しいご時世にもかかわらず、つけでお相手をしてくれる
町の遊女に返そうと彼女のもとに走った。遊女は100ユーロ紙幣を懐にしてホテルに走り、
たびたびカモを連れこんだホテルに借りていた部屋代を返済した。
ホテルの主人は、その100ユーロを受け取ると、紙幣をカウンターの元の位置に置いた。
ちょうどそのとき、部屋をチェックして2階から降りてきた旅人が、どの部屋も気に入らないと云って
100ユーロ紙幣をポケットにしまいこみ、町を出て行った。
誰も稼いでないけど、町中の誰もが借金を返し終わり、町は活気を取り戻した。
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http://kingfung.blog.fc2.com/blog-entry-8446.html庄内の乱
面白いコピペを貼り付けるスレ 49
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161 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/02(日) 15:17:56.46 ID:dKp7WdtW
慶長4年(1599)3月、伏見島津邸において、島津忠恒が家老の伊集院忠棟を殺害した。
国許でこの報を受けた忠棟の子・忠真は自領の都城および勢力下の12城をもって蜂起。
いわゆる庄内の乱が起こった。
忠恒は、忠真領の最前線にある山田城の攻略を島津中務大輔豊久らに命じ、6月23日、城攻めが開始された。
豊久軍は卯の刻(午前6時)から午の刻(午前12時)まで激しく攻め立てたが城方を崩せず、
逆に戦意が衰えたところに痛烈な反撃を食らい、あろうことか城方に軍旗を奪われてしまった。
「はっはっはっ、見よ!名将家久公の子、他国にも聞こえし島津中書とて、何ほどの事やあらん!」
城方は、奪った軍旗を城内に立てて晒し物にした。
これを見た城攻め諸将は、驚愕した。
「あれは…まさか?」「ば、バカな!」「豊久様の旗が城内に?!」「なんと…何という事じゃあ………」
「早や、豊久様が一番乗りを果たされたわ!」「さすがは豊久様じゃあああ!」
「者ども、後れをとるなーっ!」「ヒャッハー!豊久様に続けえええええ!」
激しく勘違いした諸将は奮起、先を争って城へ攻め入ると、一気に本丸まで駆け上がった。
豊久(………まぁ良か。)
その日の内に山田城を攻め落とした豊久軍は、
主将の長崎休兵衛・副将の中村兵左衛門まで討ち取る大功を立て、
豊久には忠恒から感状と太刀が与えられた。(本藩人物誌)
http://kingfung.blog.fc2.com/blog-entry-7745.html尼子経久の妙な癖
面白いコピペを貼り付けるスレ 47
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/kankon/1311424822/
681 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2011/08/14(日) 18:41:45.86 ID:27PirDDw
尼子経久は、家臣が自分の持っている物を褒めると、必ずそれを譲ってしまうと言う、妙な癖があった。
家臣もそれを良くわかっていて、「殿様のものは、決して褒めないように。」と、内々に決めていた。
さて、尼子の本拠地、月山冨田城には巨大な松の木があった。
どれほどの樹齢かもわからない、城のできるはるか前からある松の木であった。
ある家臣が、
「さすがに、これを褒めても譲られるような事はあるまい。こんな巨大な松、動かす事もできないだろうし。」
そう思って、経久の前で、つい、このように立派な松は、日本中探してもここだけでしょう。と言った。
次の日
その家臣の家に、見た事もないほど大量の松明が、送り届けられたと言う。
http://kingfung.blog.fc2.com/blog-entry-6843.html餅好きの与右衛門
400 名前:出世の白餅(一)[sage] 投稿日:2008/12/19(金) 21:46:17 ID:cg67r90c
「亭主を呼べぇ!!」
三河吉田の旅籠亭主・彦兵衛が、大声で呼ぶ客の部屋へ向かうと、薄汚い若侍の前に
たくさんの餅が広がっていた。
給仕に当った女中に聞くと、侍は好物だからと餅を山ほど注文したがその餅の出し方が
気に入らぬと言って、皿をひっくり返したのだと言う。
若侍「客に出すのに、雑な山盛りにして出すとは何だ?普通ならば、漆塗りの盆に丁寧
に積み上げて、持って来るものだろう?!最初から出し直せ!!」
十八から店を預かり二十年目の彦兵衛、慣れたもので皿に三つほど餅を乗せ直すと、
「それは失礼致しました。しかしこの餅の盛付けは、三河ではお武家様のための盛付け
で、『城持ち』と『白い餅』を掛けて、山のように大きい城の城主になれるように、との私ど
ものせめてもの心遣いでございます。どうかお納めください。」
と言って若侍に勧めた。
「そうか、そんな謂われが・・・それは済まなんだ。では、喜んでいただこう。」
以外にも若侍はあっさり納得して、餅をガツガツと食い始めた。
その様子に長年のカンからピンと来た彦兵衛は若侍に話しかけた。
「ところでお侍さん、 ・・・金が無いんでしょう?事情だけでも話してみませんかね?」
顔を青くして餅をむさぼる手を止めた若侍は、少ししてポツリポツリと語り出した。
401 名前:出世の白餅(二)[sage] 投稿日:2008/12/19(金) 21:47:03 ID:cg67r90c
若侍の名は、与右衛門。 近江の出だが、浅井家の滅亡で職を失い、
旧浅井家臣の間をフラフラしていたが長続きせず、
いっそ浅井家に勝った織田家か徳川家に仕官しようと美濃・三河まで出てきたが、
うまく行かず路銀が尽きてしまった。
どうせ死ぬなら、好物を満足行くまで食って・・・と考えてこの旅籠に入ったのだそうな。
「お前様、近江と言えば私の生国。他人事とは思えませんよ!」ホロリ…
などと騒ぎを聞きつけてやって来た自分の女房まで言い出すので、
仏心のわいた彦兵衛、タダ食いを許してやった上に、
「こういう時は、思い切って一から出直すのが良いものです。
親御さんも心配しておられるでしょう。一度、故郷に帰って親孝行されてはいかがです?」
と、助言まで与えてやった。
するとこの若侍・与右衛門、
「承知した。ついては、路銀を五分ばかりお借りしたい。必ず、出世してお返しいたす。」
などと再び調子に乗り出した。
人の良い彦兵衛もこの言葉にはあきれ果てたが、要望の倍の路銀をくれてやった。
「このご恩は必ず・・・必ずっ・・・・・・!!」
相変わらず台詞は立派に、与右衛門は去った。
女中「これで良かったんですかねえ・・・」
彦兵衛「なに、こんな世の中だ。当てにしないで待てばいいのさ」
402 名前:出世の白餅(三)[sage] 投稿日:2008/12/19(金) 21:47:46 ID:cg67r90c
「何だ、あいつら・・・」その日、三河吉田の町は凍りついた。
やって来た大名行列の侍たちが、あまりにも異様な面体の者ばかりだったからだ。
顔中、刀傷が這っている者。指が欠けた者。鉄砲の撃ち過ぎで顔半面にヤケド跡がある者。
いかなる闘争を潜り抜けたか、独眼・隻腕の者までいる。
面体も荒々しい侍たちが一斉に頭をさげると、行列の真ん中の籠から、大男が現れた。
この男も、身なりこそ絹の羽織に黄金造りの太刀と重そうな皮袋とたいそう立派だが、
顔中に傷跡が残り、右手の薬指・小指が半分しか無い。この男が大名だろうか。
大名とおぼしき大男は、まっすぐにあの彦兵衛の旅籠に向かった。
彦兵衛「こ、こんな七十過ぎた老いぼれの店に何の御用で・・・」
大名は金子がギッシリ入った皮袋を彦兵衛に渡すと、深々と頭を下げ、口を開いた。
「藤堂和泉守与右衛門高虎、彦兵衛殿の言葉に従い、郷里に帰って武者修行に励み、
縁あって故・大和大納言秀長公に拾われ、中国地方を東奔西走し、山崎・賤ヶ岳で戦い、四国で命を拾い、
九州を駆け抜け、大納言家の消滅後に独立して朝鮮へ渡って転戦し、関ヶ原で大谷隊の鉄砲に指を飛ばされ、
功により、伊予半国の大名となり、恩を返すべく参勤交代の途上、吉田に立ち寄りました。
遅参の段、御免なれ!!」
「あ・・・あの餅好きの与右衛門さんかね?!」
「いかにも。彦兵衛殿のご恩を忘れず、今日まで励んで参りました。
おお、そうだ。旗、挙げい!!」
紺地に白い丸を三つ描いた旗印が高々とひるがえった。
「白丸が三つ・・・あっ、ウ、ウチの餅じゃないか!!」
「さよう。彦兵衛殿に教わりし『白餅』の志を忘れぬよう、当家の旗印と致しました。」
高虎はその後も出世し、伊賀一国と伊勢八郡32万石の太守となり、寛永七年死去した。
高虎の遺命により、藤堂藩は参勤交代の際、三河吉田で宿泊するのが慣例となった。
続きをたたむ
http://kingfung.blog.fc2.com/blog-entry-6614.html動物と話せる少年
286 名前:◆PDh25fV0cw [sage] 投稿日:2010/03/08(月) 23:37:27 ID:deoCLali
ある小さな国の小さな村に、動物と話せる少年がいた。
少年はとても純朴で、動物にも村の人にも、愛されていた。
この少年のおかげで、村の家畜は皆おとなしく、野犬も、家畜を襲うこと無く、大変平和だった。
ある日、少年の力に目を付けた大きな国の人間がやってきた。
小さな村の人たちは、必死に抵抗したが、敵うはずもなく、少年は無理矢理つれていかれてしまった。
大きな国についた少年は、鉄でできた施設に入れられ、外に出ることも許されなかった。
無機質な施設の中、少年は故郷を思い、ひどく落ち込んでいた。
そんな少年の心を感じた動物たちは、少年のいる施設の前で、鳴き続けた。
その動物達の悲痛な叫びに、少年の解放を望む人々もでてきた。
しかし、意固地になった大きな国の上層部は、無慈悲にも動物達の殺害を命じた。
次々と消えていく、動物達を感じながら、少年はひどい怒りを感じていた。
しかし、少年にはどうすることもできない。
無力感を感じながら、窓を眺めていると、一匹の虫が張り付いた。
虫の声は聞いたことがないが、少年はありったけの思いで、その虫に念じた。
(この酷い国の人たちを、こらしめてください)
そんな思いを、知ってか知らずか虫はどこかに飛んでいってしまう。
翌日、その国に黒い影が覆った。
蜂や蝶、バッタにムカデ、ありとあらゆる虫たちが、少年のいる施設に集まり始めた。
それだけではない、他の場所にも虫は大量に現れた。
田舎では畑は食い荒らされ、町では仕事場に虫が現れ仕事もできない。
恐怖を感じ、少年を解放するべきだと言う人もいた。
しかし、ほとんどの人は少年にした仕打ちを棚にあげ、被害をもたらした少年に処罰を望んだ。
そうして、少年は国を乱した罪により、死刑になってしまった。
国は処罰の日まで、また悪さをしないように、施設は大きな壁に覆われ、虫も一匹のこらず殺してしまった。
耳をすましても、なにも聞こえない。すがるものがなくなった少年は、神に祈る。
(私が何をしたのでしょう、私はただ静かに暮らしていただけです。
この国の人達は、世界で一番自分達が偉いと思っています。
あなたの力で、この国の人たちを懲らしめてください)
しかし、そんな思いも虚しく、少年は次の日殺されてしまった。
だが、少年の願いはある形で実現する。
大きな国の人々が、次々と病気で死に始めたのだ。
有効な対処法も見つからぬまま、病気は爆発的な勢いで広まり国の人口は激減し始めた。
人々は神に祈った。
しかし、細菌に思いが通じる人間は、誰一人いなかった。
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